ブラジル滞在記

April 13, 2008



ブラジルライフの休日の楽しみっていったら、ビーチとやっぱりこれでしょ!
シュハスコ!!!

シュハスコ!
ここに並んでいるのは、リングイッサという名の塩味キツメのポークソーセージ!!それからわたしの大好物、コラサオン(鶏のハツ)。心を込めて自分で串にさしました。(その後ほとんど一人で食べたけど。)それからやわらかめのフランスパンにガーリックバターをたっぷり塗ったもの。うまうま!!

メインデュッシュは高級部位のピッカーニャに岩塩をまぶして豪快に炭火で焼く。今日はかんかん照りの晴れで、日差しが半端なく強いので全員水着でゴザイマス。時々ホースの水をかぶりながら楽しむ。それにしても今日は暑い!!とりあえずビールが美味い!!
ビール美味すぎ!

ワンコ達も肉の匂いにつられて、呼んでもいないのに全員屋上テラスに集合してた。
肉に群がるワンコ達

今日はいいっぱい飲んじゃった。いやーシュハスコ最高!!!日本に帰ったら今度ぜひBULL TERRIER主催でシュハスコパーティやりましょ。


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(16:15)

April 12, 2008

この前、デラヒーバの道場に行った時に、ここリオの格闘技界ではその名を知らない人はいないという超有名なおじいちゃんに出会った。
その元気なおじいちゃんの名前はパケタ。

『お嬢さん是非今度家に来なさい。お前さんに面白いものを見せてやるぞ。』
『は、はいぜひ!』
ということで、この日はコパカバーナにあるパケタおじいちゃんのお家にお邪魔した。パケタおじいちゃんは、ブラジルリアン柔術界一の映像コレクター、そう彼の家にいない格闘技ビデオを探すほうが難しいくらい。故カーウソン・グレイシーとは親友の仲で、グレイシーファミリーとは古くからの付き合いだそう。

自宅の彼の書斎兼、映像倉庫にはおびただしい数の柔術と大会のDVDやビデオが保管されてた。パケタおじいちゃんは本当に話好きでいったん口を開くと1時間以上は、ブラジルの格闘技界について話続けていた。
パケタおじいちゃんの歴史写真
一番のごつい写真はパケタおじいちゃんの若かりし頃のもの。

面白いものって何だろうって思ってたら、パウロ・フィリョが子供のころの貴重な試合映像も特別に見せてくれた。黄色帯で初々しかったけど、アグレッシブに攻めまくって優勝してた。それから、そのお家に丁度とっても素敵なマダムが遊びに来ていたよ。そのマダムとは

ATTのJZカルバンことジェシアス・カヴァウカンチのママさん!!
パケタとJZママさん

本当に明るく楽しいママさんで、話を聞いていてとっても嬉しくなっちゃった。JZを初めて見たのは2004年。JZがそう呼ばれるずっと前。ブラジルのレスリングの大会とかでその姿を見て大注目の選手だったので、今あんなに化けてえらいことになったなあというと、やっぱりなっていうのが印象。わたしは去年フロリダのJZのお家で彼の留守中にルームメイト達と酔っぱらっていたので、とっても親近感がわいた。

ちょうど去年末のやれんのかの時は日本に息子さんに招待されて訪れていたそうで、日本の印象を嬉しそうにいっぱい話してくれた。

「日本の町は本当にきれいねー、どこへ行っても清潔でママとっても感動しちゃったわー。みなさん礼儀正しいし、息子があんなにみなさんに大切にしてもらって本当に誇りに思ったわ。」

「カオルウノさんは、まあとってもナイスガイで素敵な男の子ね。自分のデザインしたお洋服のブティック経営されてるなんて素晴しいわー。息子にいっぱいプレゼントいただいて感激よ。あんな素敵な方と息子が過去闘ったなんて、なんだか信じられないわー、まあどうしましょ。格闘技ってコワイわねー(笑)。」

それからママさんは、前回のDREAM.1の結果に疑問もあるみたいだった。

「なんだか難しい世界だわね。息子もそうだけどきっとお客さんもがっかりしたに違いないわ。次こそは頑張ってほしいいわ。」

わたしも今月末の青木選手とJZの完全決着には興味いっぱい。二人とも凄いお気に入りの選手だから。

「ところでママさんは日本で一番何が気に入ったの?」
なんだか恥ずかしそうな表情でママさんは言い始めた。

「お恥ずかしいんだけど、おトイレのお便座はどこも暖かくて快適で本当に感激したわ!しかも真冬だったでしょ。」

「わたしも日本のトイレは世界一だと思います。だってブラジルのレストランのトイレって電気付かなかったり、紙もついてないし、便座自体も盗まれちゃってるでしょ。わたしブラジルにいる時は日本の何にも恋しくは感じないんですけど、あの暖かいトイレだけは恋しくって....(笑)。」
「あー、いつか息子があれをお土産に持ってきてくれないかしらって(笑)!!」
「わはははは。」

JZママさんは本当に面白くてチャーミングだった。今注目のシニスターTシャツ似合っちゃうマダムって素敵!
JZ Tシャツを着こなすママさん

「最後に、家族愛ってぜひ紙に書いてくれないかしら?お家に飾りたくって!」
「勿論です!」

それからわたしは紙に心を込めて『家族愛』って書きこんだ。これからも息子さんの活躍を楽しみに、ご家族の皆さんで仲良く幸せに暮らしてくださいね!!
息子JZの晴れ姿写真


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(22:53)

April 10, 2008

そもそもこの旅が始まったのは2月中旬。せっかく遠路はるばるブラジルまで行くんだから、思い入れの強い選手は是非みんな会っておきたい。でも今回のブラジル滞在はたった2か月しかない、しかも他の町にも旅するから、その中でリオはたったの3週間ぽっちり。前回みたいに1年近く時間があるわけじゃない。リオに着いて凄い感激したばっかだけど、同時にもう寂しさでなんだか胸が苦しい。

UFCで大活躍してるノゲイラ兄弟にも会いたいなってLAにいた頃思いついた!だとしたら、彼ばっかりは真っ先にアポを取らないと手遅れになる。日本の仕事先で何度も顔を合わせてはいたけれど、直接彼に連絡先なんて聞いたことがない。でもホドリゴとホジェリオ達はBTTをやめちゃったし、どうやってコンタクト取ったらいいんだろ。

アメリカについてすぐの頃(2月下旬)、共通の友達に教えてもらったホドリゴ本人がやってるらしいページにアクセスしてみた。以前はBTTに行けさえすれば会えたノゲイラ兄弟もチームから独立、聞くところによると自分たちのアカデミーを開いたとか、建設中だとか、既にアメリカに住んでるとか、はっきりした情報がない。同じくBTTから独立したマリオ・スペーヒーは現在アメリカにいるらしい。もしかしたらノゲイラ達もすでにアメリカに移住しちゃってるかな。

ホドリゴのページ、本当に本人が運営してるのか半信半疑だったけど、何もしないよりはきっとまし。メッセージを残してみた。
『やあホドリゴ、元気でやってる?UFCチャンピオン本当におめでとう!むちゃくちゃ嬉しいよ!ところで来月久々にブラジルに行くんだけど、今どこに住んでるの?』

ミノタウロの時計は、普通の人の10倍遅い、きっと1ヶ月くらいすれば読むだろう。ところが、見事に期待を裏切りなんと3日で返事が来た!!
『やあ、マイフレンド。俺はリオに住んでるよ、でもフロリダにいることもしょっちゅうだ。会えるのを楽しみにしてる。マタネ!』

わたしのことを、マイフレンドと呼ぶところ。(日本ではわたしは名前ではなくアミーガ、女友達と呼ばれていた。)ホドリゴはめんどくさがりで顔見知りが多すぎるから、めんどくさいのか、よっぽどのことがないと名前を覚えたりしないタイプだ。殆どのブラジル人と同じように彼にとってはわたしの名前は面白い響きらしく、時々超くだらないジョークに交えて呼ばれることはあったけど。

それに、マタネっていうのも!これはホドリゴ本人に違いない!!!そう確信したわたしは、自分の旅行スケジュールを彼に伝えた。それからわたし達は何度か連絡を取りあった。

リオに着いてちょっと落ち着いて、まだなにも予定を立てていないころ早速ホドリゴに電話してみた。
「アロー。」
「ハロー、あっホドリゴ!!今リオにいるよ!元気??」
「ああ、元気だとも!チョットマッテクダサイ...。」

あれれ?どうしたのかな?それからしばしの沈黙....。

「オイ、クミか!?ボクはホジェリオだよ。今兄ちゃんはウエイトやってる最中だからボクが話すからね。」
「わあ、あなたホジェリオなのね?!今度アカデミー行くから住所教えて!!いつ練習してるの?」
「練習は平日の夜8時以降だよ。住所はヘクレイオ、バッハのもっと向こうだ。わかるかい?」
「うん、友達に連れてってもらうから大丈夫、来週行くから!」
「OK、楽しみに待ってるよ。」
「ありがとうホジェリオ!チャオ!」

うわー、本当に会えるときがくるみたい。でもホドリゴとの時間の約束を丸のみしちゃダメっていうのは業界の常識。ホドリゴは超がつくのん気な性格で、特に約束だから時間通りその場に行かなきゃなんて概念はない。会えるかどうかは神様だけが知ってるわ。もし会えなかったら往復3時間また行けばいいだけだし。来週まで気楽に待ちましょ。


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(11:10)

April 09, 2008

リオに着いて直ぐに凄いライブに行ったから感想書くね。
IRON MAIDENに続いてブラジルにやって来て観る二つ目のビッグなバンド、OZZY!!木曜日という平日にも関わらず、なんと3バンドも出演するメタルフェスなんだとか!
BLACK LABEL SOCIETY
KORN
そしてヘッドライナーが我らが偉大なクレイジーお父さんのOZZYだ!!

この日連れてってくれたアンドレの仕事が終わる時間は20時半、コンサートの開演は19時半。しかも場所はリオのセントロから遙かに離れたへクレイオ!車で軽く1時間半、バスなら2時間近くの距離だそう。

普通なら諦めて、他に連れてってくれる人がいないかあたったほうが良い気もするけれど、今回どうしてもアンドレと行きたかった!前回の滞在時にアンドレは、当時METALしか聴かなかったわたしに、ブラジル音楽とブラックミュージックの素晴らしさを叩き込んでくれた音楽のお兄ちゃんだ。今は、打ち込み系の音楽とパンクロックの素晴らしさをわたしに説いてくれている。もちろんロックも他の音楽も全て。

そして二人の共通のバックボーンはHEAVY METAL。アンドレは1985年の最初のROCK IN RIOを観てるそうだ。あの、WHITESNAKEの黄金メンバー活動時の伝説のライブだ。他にもJUDAS PRIESTも出てたそう。凄げえ!その時彼はまだばりばりのティーンエイジャーで、当時の話を生々しく聞かせてもらったことがある。

10代でMETALフェスに行って度肝を抜かれた経験はわたしも被る。16歳の夏休みに、姉妹だけでイギリスのドニントンパークで開かれたMONSTERS OF ROCKを観に行った。それは1991年の夏の淡い思い出。その時のヘッドライナーはAC/DC、それからMETALLICA、MOTLEY CRUE、QUEENS RYCHそれにBLACK CLOWESと今思い出してみても最強のフェスティバルだった。

昼間あんなに天気がよかったのに、21時。セントロのアンドレの仕事先を車で出発するころには、何と土砂降りになってしまった。もしかして今日のコンサートは野外なんだろうか。なんとも恐ろしい夜になりそう....。ま、何でも楽しんじゃえ。なんでも会場のHSBCアリーナはつい最近オープンした場所らしく、アンドレもどんな場所なのかわからないそうだ。

アンドレの奥さんの弟、ドメニコの運転する超年代物のおんぼろフシュカ(ワーゲン)で会場へ向かった。座席が後ろに倒れっぱなしで、元の位置に戻らない、窓は手で引っ張り上げる、もうどうして走っているのか不思議なくらいの車だ。ドメニコの弟トニーニョが、『兄さんの車はブラジルで最初に走った車だ、命がやばいぞ(笑)』って言ってたけどマジやばい。

走ってる間中わたしはこみ上げてくる笑いを堪えるのに必死で、だってシートベルトをはめる金具はとっくになくって、運転しているドメニコは身体に斜めに垂らしてるだけ(笑)。後は事故らないように祈り続けた。だってOZZY観る前には死ねないって。

大雨で車体を滑らせながらも、車が何とか会場に着いたのは10時過ぎ、チケットはスタンド席で140レアル(8500円)。
リオのHSBCアリーナ

金属探知器を使った厳しいボディチェックがあった。海外のコンサートには珍しくカメラの持ち込みは禁止。日本のコンサートのように下手に入口で預けたりして盗まれたらたまらないから、わたしは靴の底にカメラを入れて無理やり歩いた。どうみても怪我している人の歩き方で(笑)。

当然、金属探知機は鳴っちゃうから、わたしはお腹のポケットの中にあった柿ピーの袋をセキュリティに見せて、どーして?って表情をしてみせた。セキュリティのおネエさんも『あら、何故かしらどうぞ。』って入れてくれた。ラッキー。

会場の規模の大きさ、どこもかしももピッカピカだった。早速冷え冷えのビールで乾杯したわたしたちは、一気にご機嫌になった!とっくに2つのバンドは演奏を終えていて会場は、ドンの登場を今か今かと待ち望んでいた。

『オーレーオレオレオレー、オージーオージー!!』
待ちきれない観客は、サッカー場の声援よろしくオジーの名前を凄い音量で歌い始めた。

それに合わせて、すでに舞台袖でスタンバイしているであろうオジー自身も一緒になって『オーレーオレオレオレー.....』って歌って、観客をあおりまくる。フロアーは客の数が凄過ぎて、日本みたいに仕切ってないから本当にぎゅうぎゅうでヤバそうだ。あっちの席じゃなくってよかった。違う理由で死んでいたかも。

会場が暗転し、お馴染みのSEが流れ観客のボルテージは最高潮に高まった。OZZY登場前のVTRが本当に可笑しくて何度も爆笑させてもらった。ネタばれするとこれからライブに行く人に申し訳ないので、内容は書かないでおくね。とにかくOZZYの下品でコミカルな役者っぷりに今回も楽しませてもらったよ。最初の曲は知らない曲だったのでおそらく新曲だったと思う。その後は、新旧の名曲のオンパレード!!

OZZY
も、もう心地よすぎる、かっこよすぎる!!!体中の血が踊って鳥肌が立ちっぱなしだった。
(セットリストどっかで見つけたら載せるね。)
OZZYの観客

OZZYは激しすぎるリオの観客がよっぽど気に入ったらしくとにかく楽しそう。3曲目で早くもおしりを披露していた。

ザックももの凄いヘヴィでそのプレイもアクションの全てのかっこよさに痺れてしまった。
ZAKK
ムキムキに鍛え上げたれた筋肉に、伸ばされた顎髭、長くてぼっさぼさの髪、存在感と貫禄がありすぎて参った!ザックは真のメタルギタリストだ。

それからOZZYは曲の挟間にバケツの水を何杯も何杯も観客にぶちまけて、それはそれは楽しそうにしていた。

ショウのハイライトはアンコールのパラノイドだった!!何とエキサイトし過ぎたザックが、自分のギターを観客に投げ入れ、その直後自分も頭からダイブしてしまった『ぎえーーーまじでーーー!!??』だってまだ曲始まったばかりなのに!??

きっとザックは自分で投げ入れたギターを取り戻しにいったのだろう、大盛り上がりの観客はギターをどんどん後方へと受け渡し、ザック本人もみんなに掴まれて身動きが取れない、というよりどんどん後方に流されていってる。

当然メロディラインの演奏はベースのみ(笑)!!オジーは大笑いしていたが、最後まで歌い続けていた。大勢のセキュリティがザックとギターを救出しに行ったが、時すでに遅し。

ザックがやっとの思いでステージに戻った頃には、曲は最後の小節を演奏し終え、そのすぐ後に戻ってきたギターは見事にへし折られてバラバラの哀れな状態だった。もうわたし達は笑うしかなかった。メンバー全員でステージの中央で肩を組んで深くお辞儀をした。観客は彼らを心から湛えて、より一層の大きな声援を送り続けた。

その後自分の定位置に戻ったザックは、右手で大きく自分の左胸をどんどんと叩き、恐ろしくおっとこ前な挨拶をかましてステージを降りて行った。
『オーレーオレオレオレー、オージーオージー!!』観客がまた大音量で歌い始める。その歌はいつまでもいつまでも続いていた。

わたしはといえば、あまりの光景に声も出せなかった。歓喜で胸がいっぱい、思わず涙がこみ上げていた。

「ムイントオブリガーダ、アンドレ!!」
「いいってことよ!!しかし最高だったな、マジで!!」

今夜は連れてきてもらったアンドレに本当に感謝したい。また一緒にライブに行こうね!!日本とブラジル別々に育った、2人のメタルキッズがそこにはいた。 
ライブの後のアンドレとわたし


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(23:58)

April 08, 2008

リオでの宿泊先をまったく決めずに来ちゃったけど、ペケーニョがぜひ家に泊まっていいよって言ってくれた。元々、ペケーニョの住んでるボタフォゴのどこかの安いホテルか何かに泊まれればなって思ってた。
ペケーニョの愛車

でも値段を調べてみると、ネット環境とある程度の安全が保障されるとなると最低でも月に1000レアル(6万円)位はするらしい。この間、サンパウロのバスの中で現金とクレジットカードを無くしたてほやほやのわたしには、どうしても今回その6万が払えなかった。

ペケーニョのお家には、ご両親と弟のレオくん、そして5歳になるその息子さんが一緒に暮らしているから部屋はいっぱいいっぱい。ペケーニョの1歳になる男の赤ちゃんとそのお母さん、そしてレオの1歳半になる女の赤ちゃんとそのお母さん(要するに二人の彼女)はそれぞれ実家に暮らしているそう。

ノゲイラパパのペドロさんはわたしの為に、簡易式のエアベッドをリビングのテーブルの下に敷いてくれた。これじゃもし寝坊したらみんなに見苦しい寝姿を見られちゃうけど、もう家族みたいな人々なので恥ずかしがってる場合じゃない。とにかくそのご好意がありがたくって、それから一緒に生活できるのが嬉しくってたまらなかった。

ペケーニョの家族は本人を筆頭に全員天然一家だ。みんな面白いことしか言わない。時々あまりにもふざけているので何を言ってるのか理解できない時がある。

そしてママのちゃっちゃ作るブラジル家庭料理は本当に美味しい。わたしは毎日ブラジル料理で全然へっちゃら。ご飯とフェジャオンと焼き肉とファロッファにサラダ。すっごいご馳走だ。

この一人息子のイゴーくんが小柄な体系に似合わず相当なわんぱくくんで、家族全員手を焼きっぱなし。無邪気でカワイイんだけどね。

ついさっきも屋上に続く石製の階段でコケて顎から大量出血したばかり。心配そうな彼のおじ、ペケーニョとペケママ。
イゴーくんの怪我治療中

当然もっと小さい時に一緒に遊んだ記憶は当然のことながら消え去っていて、最初だけちょっと突然の東洋人の訪問に人見知りしていたイゴーくん。慣れたら別人格のように、活発にふるまうようになった(いい意味で)。

わたしの弟のように可愛いレオくんの息子だから甥っ子みたいなものだ。でもわたしには本当の甥がまだいないからその愛おしい感情がまだよく掴めない。わたしははっきり言ってお子様が得意なほうではないので(というか苦手)、どう対応していいのかわからなくなる。誘われても興味が湧かない時や気分がのらない時は、どう言ったら上手く断れるのかな。どちらかというと、久しぶりに再会できたママやパパに甘えていたいのはわたしなのに。

万が一カメラとかPCとかぶっ壊されてもこっちの責任だ。メモリー消えたらどうしよう。

お子様特有の、自分の家に来たお客なんだから遊んでもらって当たり前っていうのは大変な勘違い。わたしは、心穏やかに一人でいたい時がいっぱいある。このブログの文章を考えてる時や、旅の計画を立ててる時、はたまた好きな人の事を想う時...。そんな時はいちいち小さな用事で、むやみにわたしに話しかけたりせず愛を持ってそっとしておいてほしい。

ああっ、イゴーくんがわたしを呼んでる!もう行かなくては!
「おいクミー!!ボクの写真撮りたいでしょー?撮らせてあげてもいいよー!」
「うん、勿論だよ、イゴーくん!!はいカッコいいよー!」
イゴーくんトレーニング中

「ねえークミー!!こっちに来てカメと遊びなよ〜!今度は僕が撮ってあげるよー!」
「ひえーーカメだーっっ!」
ペケーニョ家のペット

ああああああ、何も分からないくらい小さい頃に戻るか、話したら何でも分かってくれるお年頃に早く成長しないかな。 


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(23:28)